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■ストーリータイトル■
よよよ ~余を幼児と呼ぶでない!~
■ストーリー概要■
平穏な日々が続く、天下泰平の時世の事。
生まれついての“戦う者”であった下道邦勝は、自身の息子にも武芸に励んでもらおうと説得を続けていた。
だが、息子である弘嗣の反応は冷たかった。平和な時代なのだから、武芸に励む必要性などないと言い切った。
そして弘嗣はしつこく言い寄ってくる父親を拳を叩きつけることで黙らせつつ、日々読書に勤しんでいた。
しかし……邦勝は息子の武芸の才能をどうしても諦め切れなかった。身を持ってその強さを知っているだけに。
そこで邦勝は知り合いである地現寺の弦翁和尚に頼み込み、石に封じられた妖怪を現世に解き放つ。
敵がおらず、武に励む必要がないと言うのなら、強大な敵を用意してやろうと。
やがて姿を現す最強の大妖怪……のはずだったのだが……。
「……なんだ、その幼子を見るような目は?」
「いや、現に幼い童にしか見えんのだが」
「な、なんと!? まことか?」
勝手な理由で叩き起こされたかと思えば、力を失い縮んでいた妖怪の孤歌兎。
彼に再び栄光の日々はやって来る……のだろうか?
■プロローグ■
世は天下泰平の時世。田畑に実る作物は豊かであり、海や川で水揚げされる鮮魚類の量も申し分ない。
民は平和を享受し、心身ともに満たされた毎日を過ごしていく。戦国の世など、もはや過去のことだった。
武道は儀礼的なものでしかなくなり、命をかけて日々刀を振るう者は最早いないに等しい時勢となっていた。
その流れに危惧を抱いたとある地方の豪族・下道邦勝は、自身の子である弘嗣に檄を飛ばす毎日だった。
口を開けば『戦いの心を忘れるな』やら『牙を取り戻せ』やら……邦勝は物騒な事この上なかった。
しかし子の弘嗣も負けてはいない。『敵がいないのだから、牙の使い道がないだろうに』と即座に反論する。
そして『これからは学問の時代である』と断言し、弘嗣は分厚い書物に目を通すばかりだった。
「えぇい! そんなに本を読みたければ、まずこの父を倒してからにしろ!」
「仕方がありませんね。そうします。何かもう、ホントに鬱陶しいですし」
本を机の上に置き、弘嗣は容赦なく自身の父をしばき倒した。それはもう、圧倒的な強さだった。
「くっ……うぅぅ……ひ、弘嗣。そこまでの強さを持っていながら、何故……」
「だーかーら。今の時勢を見れば、もう戦争なんて起きないのは自明でしょう?」
「いつ起こるか分からぬ戦に備えてこそ、真の武人と言うものだろう!?」
「私は真の武人でなくても結構。起こるかどうか分からない戦に備えるなど、時間の無駄です」
「い、言うに事欠いて無駄だと? これでもウチは武人の家系だと言うのに」
「過去は過去。今は今です。未来を見据えて動くべきでしょう?」
「くぅ。口ばかり達者になりおって。まったく、どうすれば武芸に励んでくれるのだ?」
「そりゃまぁ、私だって戦争や暴動が起きたりすれば、刀や槍を手に取り戦いますが」
「よし、では年貢を上げて、農民たちに一揆を起こさせよう! そしてそれを弘嗣に討伐させて……」
「それが上に立つ人間のする思考ですか!? 父上! そんなこと、許しませんからね!」
「…………ほ、本気で怒られた」
「当然です。民あってこその我らです」
「くそ、これも平和がいかんのだ。早く戦争にならんものか」
「言って置きますが、私が学問に励むのは父上が原因ですよ?」
「むぅ? どういうことだ?」
「武芸に励んだ結果が、父上でしょう?」
「あぁ。寝ても覚めても武に励んでいたな」
「つまり反面教師ということです」
「いや、よく分からん。つまり何なんだ?」
「筋肉馬鹿にならないよう、気をつけようと思ったと言うことです」
「弘嗣。お前、さらりとひどくないか?」
そんなこんなで、邦勝の説得は実らない日々が続いた。そこで邦勝は一計を案じた。
『敵がいないのであれば、敵を作ればいい。そしてその敵が民ではなく、強い妖怪ならばどうだ?』と。
思い立ったが吉日と、邦勝は早速古い知人である地現寺の弦翁和尚との会談を持つこととした。
やがて弦翁和尚は邦勝の熱心な説得に折れ、国の奥深くにある秘石の封印を解くに至ったのである。
「…………ふむ。余が今この場に解放されたのは、そう言った理由からか」
秘境の秘石に長きに渡って封じられていた妖怪・孤歌兎。彼は嘆息混じりにそう呟いた。
そして眼前に座っている邦勝と和尚を、じろりと睨みつける。
「それで? おぬしらは何か? 封印を解いてやったのだから、自身らの言うことを聞けと?
そしてその聞くべき事が『弘嗣と呼ばれる者と戦って、武の道に目覚めさせろ』だと? 阿呆か?」
孤歌兎は嘲笑を浮かべて、そう断じた。さらに陰鬱な気配を身にまといつつ、孤歌兎は手を振り上げる。
「余は人間にとって危険因子であるぞ? 朝廷の大軍と三日三晩戦い続け、挙句に殲滅しきれずにこうして
今の世まで封印されていたほどの、極悪な存在であるぞ? 何なら……今この場で貴様らをくびり殺してやろうか?
ふふふふ。阿呆な理由で封印を解いてしまった、己の愚かさを呪いながらに死んでいくがいいぞ、人間どもめ!」
嘲笑を浮かべ続ける孤歌兎に対し、邦勝と和尚は無言だった。ただただ、孤歌兎を見つめ続ける。
しかしそれは強大な妖怪を前にして、恐れおののき硬直しているから……ではなかった。
ようやくそのことに気づいた孤歌兎は、手を上げた格好のまま首を傾げる。
「なんだ、その微妙な反応は? むぅ? そう言えば、いつの間に人間とはここまで巨大化したのだ?
余のいた時分は、もっとこう、小さかったはずだが……と言うか、なんだ、その微笑ましそうな目は?
えぇい! 余に背伸びをする子供を見る親っぽい目を向けるでない! 不敬であるぞ、人間風情が!」
そう怒声を上げる孤歌兎に対し、邦勝はぽつりと返した。
「しかし、現に幼い童にしか見えんのだが」
「な、なんと!? まことか?」
驚きとともに、自身の手を見つめてみる孤歌兎。
彼の手はどこからどう見ても、紅葉のような可愛らしい幼児の手だった。
「おそらく、長きに渡る封印により妖力が減りに減ったのでしょうな」
「和尚、どうしたものか? これでは弘嗣に瞬殺されてしまうぞ?」
「ふむ……霊穴にてしばし静養すれば、力も戻りましょう」
「霊穴? あぁ、自然的な力の集まる場のことだったな。どこにある?」
「ウチの寺の裏手の滝がそれに当たりましょう。その付近におればよいかと」
「ふむ、分かった。ではコイツは弘嗣との対戦まで和尚の寺に預けることとしよう」
言うが早いか、邦勝は孤歌兎の首筋を無造作に掴み、持ち上げる。
呆然と自身の手を見つめていた孤歌兎が、その手から逃れられるはずもない。
孤歌兎は「はにょっ!?」と、実に意味不明な声を漏らした。
次いで「人間風情が! 何をする!」と反論するが……あっさりと無視された。
「あとで世話役として$姓をそちらの寺に送る。頼むぞ、和尚」
「はっはっは。分かりました。他でもない邦勝様の頼みですからな」
「勝手に話を進めるな! 余の話を聞かんか! おい、聞けというに!」
「やかましいヤツだな。器の大きさが知れるぞ? なぁ、小童妖怪よ」
「誰が小童か! いい加減にせんか! 余の誰と心得る!?」
「誰って……封印されていた強い妖怪だろう? 今は弱体化しているが」
「しかし朝廷と戦い続けたという先の言葉も、この姿を見る限り信用なりませんな」
「はっはっは。和尚の言う通りだ。封印の解除が無駄な手間にならなければよいが」
邦勝と和尚の笑い声が、山々に木霊する。それを受け、孤歌兎はぴしりと身体を硬直させた。
「ま、まさか……本当に余のことを詳しく知らんのか? 語り部は? 伝説は残っておらぬのか?」
「詳しい伝説や伝承の類はありませんな。強い妖怪が封印されているはず、というだけで」
「くっ、何と言うことだ。あの誇りをかけた決戦が伝わっておらぬとは!」
孤歌兎はがっくりと落胆する……が、しかしすぐに気を取り直して声を張り上げた。
「ええい! 木簡か竹簡を持て! あと筆だ! 余が自ら古き伝説を書き記してくれる!」
「ほほう? その小さい手で筆を持ち、しっかりと字が書けるのか?」
「馬鹿にするな! たとえ小童の姿となろうとも、余は大妖怪である! 何ら問題はない」
「まぁ、構わんがな。しかし何かを記すなら紙の方がよかろうに」
「むむ? 紙の用意が可能で、それを余に献上するのか? ふふ、分かっておるではないか! 褒めて使わす」
「いや、今の時世では紙を使うのが普通なのだが? 木簡など、誰も使っとらんぞ?」
「……そ、そうなのか? むぅ、時代の流れは凄まじいのぅ。紙は貴重品であったはずなのだが」
そうしていつの間にか丸め込まれた孤歌兎は、邦勝に首根っこを引っ張られたまま封印の地を後にしたのだった。
そして……古き伝説を書き記し、またこの度の復活から始まる新しい伝説を、孤歌兎は自ら書き記していくこととなる。
それは生粋の伝説であり、物語。人が見聞きして残したものではなく、あくまで妖怪自らが書き記した文書。
時が経てば何よりも貴重な古文書とされるであろうモノである…………のだが、しかし。
「むぅ。強がったはいいが、上手く書けん。小童の身体とは何とも使い辛いな」
妖怪孤歌兎による伝説の編纂は、一向に進みそうになかった。
筆を片手に首をひねる孤歌兎は、まさしく文字の練習に励む幼子といった風情であった。
世話役を命じられた$名は、そんな孤歌兎にそっと提案する。
まずは文字の練習として、日記を書くことからはじめてはどうかと。
「うむ。中々に好い提案であるな。褒めて使わす。ついでに貴様には余の伝説の編集作業を手伝わせてやる。
まずは余の記す日々の雑感に気づいたことがあれば、言葉を書き加えるがよい。気が向けば読んでやろう。
身に余る光栄にむせび泣くがいいぞ」
実に偉そうに胸を張りつつ、孤歌兎はそう言うのだった。