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■ストーリータイトル■
アルトキア帝国物語 −執事とお嬢様の話−



■ストーリー概要■

「大きくなったら、結婚してくれる?」
その約束が果たされることはないことを、その時の私たちは知らなかった。


地方貴族の一人娘である$名は、執事兼世話係であるウィリアムに恋心を抱いていた。だが、ウィリアムは、あくまでもお嬢様としてか扱ってくれない。
$名は大学に入学し故郷を離れ、帝都で暮らすことになるが、一緒に行くものだと思っていたウィリアムは、執事として本格的な修行に入るため実家に残ることに。

$名は知らない。ウィリアムが、どんな想いで実家に残ることにしたのかを、どんな目で自分のことを見ていたのかを。
同じ想いを抱きながら、身分という壁が二人の心が繋がることを許さない。

離れ離れとなった二人は手紙のやり取りを始める。$名は帝都から、ウィリアムは故郷から、想いを手紙に託して。
やがて、手紙を通じて二人の関係に変化が生まれていく――。



■プロローグ■

「大きくなったら、結婚してくれる?」
 無邪気に無垢に笑いながら、貴女は私に問いかけた。
 まだ幼く、妹のような私の主人。私は貴女の笑顔が見たくって、貴女に喜んで欲しくって、その言葉の意味を深く考えることなく、頷いた。
「約束よ、ウィリアム」
 約束――けして、果たすことなどできない、約束を交わしてしまったのだと私が気付くのは、そう遠くない日のことだった。



 雲ひとつなく、晴れ渡った空。風は心地良く、鳥は高く空を舞っている。
 悪天候にならなかったことに、私は安堵した。折角の旅立ちの日、雨でも降ったりすれば気分は台無しだ。
 ましてや、昨日から$名様の機嫌はよろしいとは言えない。さらに気分を害されて、「行かない」などと言い出されたら、大いに困る。
 折角のチャンスをふいにさせるわけにはいかないし、なによりこれはお嬢様のためだ。

 木々のアーチの向こうに厳かに立つ屋敷。この辺一体を治める$姓家が先祖代々、住み守ってきた立派な屋敷。
 今日、十八年間過ごしたここから、$名様は旅立つ。


 アルトキア帝国の帝都オーリゴルの大学から封書が届いたのは先日のことだ。数ヶ月前に受けた試験に見事に合格し、$名様は帝都の大学に入学することが決まった。
 帝都オーリゴルの大学と言えば、名門中の名門。そこに$名様が入学することとなるとは、旦那様も奥様も大層、喜んでいらっしゃった。
「おめでとうございます、$名様」
「ありがとう。ウィリアムのおかげよ。ウィリアムの教え方が上手かったから」
「私の教え方なんて、本職の家庭教師の方とは比べ物にもなりません。$名様が努力した結果ですよ」
 頬を染め、はにかんだように笑う$名様。薔薇色に染まった頬に熟れた唇。艶やかな笑顔が私の視界を占める。

 ドクン――。

 心臓の鼓動が高まったのを感じた。私は慌てて、$名様から視線を逸らした。不審に思われないように、旦那様の様子を窺うふりをする。
 鼓動よ、収まれ。私は心の中で何度も何度も、自分の心臓に言い聞かした。


 私はウィリアム・アルバード。
$姓家に仕える執事の息子だ。私が生まれたその当時、旦那様と奥様の間には、お子様がいらっしゃらなかったが、私はいずれお生まれになるご子息かご令嬢に仕えることが定められていた。
 旦那様も奥様も人の良い方で、執事の息子でしかない私を実の子のように可愛がって下さった。
 $姓家に$名様がお生まれになったのは、私が八つのときだった。
 名高い貴族ならば、跡を継ぐのは男児との決まりもあるが、$姓家は地方を治める貴族。直系ならば男児でも女児でも文句を言うものなどいない。誰もが跡継ぎの誕生を祝い、祝福した。

 それから十八年経った。
 八つだった私は二十六になり、生まれたばかりの赤子は十八歳の美しき令嬢へと育った。
 私は幼い主人の遊び相手として、世話係として十八年間仕えてきた。幼い主人は兄のように私を慕い、私も実の妹のように可愛がった。
 その$名様が、今日、ここから馬車で数日離れた街、帝都オーリゴルへと旅立つ。大学に通うために。
 帝都の大学に入れるなんて、これほどのチャンスは滅多にないだろう。
 これから数年間、彼女は帝都の大学で勉学に励み、一人前の貴族令嬢として戻ってくる。
 そのときには、帝都で出会った貴族の子息も一緒かもしれない。学びの場は同時に、見合いの場でもあるから。

 ちくり、と突き刺さるような胸の痛み。頭を振って、それをやり過ごした。

 帝都への出発が決まった日から、$名様は機嫌が良かった。昨日、私が一緒に帝都には行けないと言うまでは。
 先に、行かないと告げたら、帝都に行くのを止めると言い出しかねなかったから、私は前日までそれを言わなかった。
 $名様が帝都で勉学に励んでいる間に、私は父に執事としての仕事を本格的に学ぶ。
 そして、$名様がこの屋敷に戻ってきた時、私は完璧な執事として主人を支えられる存在となっている。
 主人と執事。生まれたときから定められた関係は、これからも永遠に続くのだ。

 だが、私は知っている。私の中にあるもう一つの感情を。許されることのない想いが、この胸に宿っている事を。
 私はそれに蓋をしなければならない。ないものとして扱わなければならない。
 私は執事。$名様は私の主人。それは絶対だ。

「ウィリアム」
 呼ぶのは父だ。
 馬車の用意が出来たのだろう。あとは$名様をお呼びするだけ。
 $名様は拗ねて部屋に引き篭もっている。馬車までお連れするのは私の仕事だ。
 父に頷き返すと、私は屋敷に向かって歩き出す。
 $姓家の屋敷。悠然たる構えで、長い年月、そこにあり続けている。
 胸に宿る想いは甘く苦い。
 だが、それも遠く離れれば薄れていくものなのかもしれない。

「さて」
 空は晴れている。絶好の出発日和だ。
 拗ねている頭をいつものように撫でて、「手紙を書くから」と宥めるのだ。