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るつぼ提出、二作目。
『第二の家族』と呼びあう二人の兄と一人の妹。
兄らの帰りを待つ妹の元に、一通の手紙が届いて――という展開。
三角関係?を狙ってみました。(一陽)
■ストーリータイトル■
ブレンドレルの紫
■ストーリー概要■
戦時中に出会った二人の少年と、一人の少女。
戦災孤児の三人は互いを家族と呼び、身を寄せ合って生きてきた。
しかし、子供の力だけで生き抜くことは難しい。
二人の少年は、少女を信頼の置ける人に預けて王都へ行くことを決める。
一人は戦場に出て金を得る道を。
一人は亡き両親のつてを使って、地位と力を得る道を選ぶ。
六年後、騎士になった少年が少女の元を訪れる。
兄であった少年と、妹であった少女が選ぶ道は――。
■プロローグ■
久しぶりの快晴だった。
空は青く抜けていて、雲一つ浮かんでいない。
いつもならウキウキしてしまうような空の下で、$名は泣いていた。小さな両手の片方ずつに、自分より大きな二つ手を握り締めて。
「$ニックネーム」
左手で掴んだ手の主が、$名の頭をぐりっと撫でた。
「だーいじょうぶだって! 絶対、すぐに戻ってくるから」
「リッツ……」
右手で掴んだ手の主が、涙で濡れた頬を静かに撫でる。
「俺たちの居場所を手に入れて、必ず迎えに来る」
「ニール」
ちっちゃな顔をいっぱいに歪めて、$名は二人を見上げた。
輝くような金色の髪をフードで隠した少年と、大人用のローブを無理に着込んだ少年。
二人は$名の兄だった。
家族を亡くし行き場をなくし、知らず知らずに寄り添い共に生きてきた第二の家族。しかし戦争の傷跡が残るこの国では、子供だけで生きていくことは難しい。
弱い者が顧みられない世情の中で、彼らが選べる道は少なかった。
「ほら、$ニックネーム。笑顔笑顔! $ニックネームは笑ったほうが可愛いんだからさ!」
金髪の少年が、$名に顔を寄せてニッコリ笑う。
「――ん」
$名は眉を寄せ、涙を堪えるために口を結んだ。だが、溢れるものは止められず、赤くなった頬の上を丸い涙がこぼれ落ちる。
あたふたと涙をぬぐう$名を、ローブの少年が抱き寄せた。
「無理を言うな。$名の気持ちを考えろ」
「あのなー。涙でさよならってのは縁起が悪いんだぞ。人を見送る時にはニッコリ笑って、またな、っていうのが基本なんだよ」
「また訳のわからない理屈を……」
「理屈じゃなくて、実体験だっての! ニルスだって、$ニックネームの泣き顔見ながら別れるより笑顔で別れる方がいいだろ」
「だからって強要するな。無理に笑わせてどうなるっていうんだ」
「知らないのか? 笑顔には特別な効果があるんだ。悲しくても苦しくても、笑ってりゃなんとかなる! だから――」
ニヤリと笑って、少年はニルスの腕から$名を引き寄せる。
「わ!」
「そーれ。ぐるぐるだー」
腕の中にすっぽりと埋まった$名を後ろから抱きしめて、クルクルと回りだした。
「フリッツ!」
ニルスから逃げるように移動して、フリッツはきゃーと楽しげな悲鳴を上げる$名を高く持ち上げた。一瞬宙に浮いた少女を両手で受け止めて、そのまま重力に任せるようにして抱きしめる。
少女の重みが、身体全体にずしりとかかった。それでもフリッツの足をふらつかせるほどの衝撃はなかった。
十歳になったばかりの$名は、この町の少女たちよりずっと細くてずっと軽い。
耳元で聞こえる弾けるような笑い声に耳を傾けながら、フリッツは暖かい背中に手を添えた。
「な? 笑ってると悲しいのなんて吹っ飛ぶだろ?」
「うん!」
「$ニックネームが笑ってると、俺たちも元気になるんだ。だからそうしてずっと笑っててくれよ。どんなに遠くに居ても、$ニックネームの笑顔は俺たちのとこまで届くから」
「……ほんと?」
「ホントホント! なあ、ニルス」
ニヤニヤと笑っているフリッツと、不安そうな$名が同時にニルスを見る。
不愉快そうに眉をひそめていたニルスは、$名にだけ目を向けて小さく頷いた。
「ほら、あのニルスが太鼓判を捺したぞ」
「もういいだろ。行くぞ、フリッツ」
「ああ」
地面に降ろされた$名の表情が曇る。不安そうに二人を見上げ、胸の前で両手を固く握った。
「じゃあな、$ニックネーム」
「行ってくる」
二人の手が、$名の頭や肩に触れる。
くしゃっと顔を歪めそうになるのを堪え、$名は笑った。泣き笑いのような中途半端な笑顔で「またね」と声を張り、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
以来、毎日のように町の入り口で二人を帰りを待ち続けた少女は、今年で十六歳になる。
$名が世話になっているオルガー夫妻は小さな大衆食堂を経営していた。
帝都から馬で三~四日かかるこの町には、時々旅の商人や自称吟遊詩人が立ち寄って遠い場所で起きた話を残していく。
戦争の話。災害の話。流行の話。隣国の話――憧れや好奇を集める数々の話の中で、$名が最も気にしている話が、金色の騎士と稀代の天才魔術師の話だった。
金色の騎士は、平民の身分でありながら騎士に叙任された英雄で、稀代の天才魔術師は、国内の魔法使いを統括する筆頭魔術師の名と地位を継ぐ次期後継者。ともに国を背負って立つような人物で、彼らの近況を一般人が知ることなどありえない。それでも噂はどこからともなく湧いて出て、真実のような顔をしながら国中を回るのだ。
「ねね。で、本当のところはどうなのよー?」
店の裏手で皿洗いをしていた$名は、布巾を手に皿を拭いている少女に目を向けた。
「騎士サマの婚約話って確定なの? 八番目と九番目の王女様で争ってたじゃない? あれってどうなったのか聞いてない?」
「ルーシー」
咎めるように名を呼ぶが、少女の口は止まらない。だって兄さんなんでしょ、とか手紙のやり取りをしてるんでしょう? とか、近くに人がいれば聞かれてしまう声量でペラペラと喋り続ける。
「平気よ平気。$ニックネームの兄さんが兵士だってことと、もう一人が魔術師の組合に所属してることはみーんな知ってるじゃない」
にこやかに笑いつつ、ルーシーは$名の耳元に口を寄せた。
「本人だってことは、$ニックネームとあたしと父さん達だけの秘密だけどね」
ルーシーはオルガー夫妻の一人娘で、$名の一番の友達でもある。そしてかの金色の騎士と天才魔術師が$名の兄であることを知っているのも、彼女たちだけだ。
「$ニックネームから聞いたって事はぜーったいに言わないから! あたしの口の堅さを信じて! ね?」
期待のこもった眼差しを向けられて、$名は困ったように苦笑した。
「私も良く知らないんだよ。リッツはあんまり自分のことを書かないから」
「えー。それじゃ手紙の意味がないじゃん。近況を書かずに何を書いてくるってゆーの?」
「うーん……帝都の天気とか、面白かったこととか珍しい物の話とか?」
「うわ! なにその日記みたいな内容は!」
「日記……うまいこと言うね」
「褒められても嬉しくないー。ああん、噂の真相が分かった方が、ずっと良かったのに!」
「こら、ルーシー!」
店の奥から飛んできた叱責に、ルーシーの動きがピタリと止まる。
「ペチャクチャ喋ってないで、洗い終わったもん持って来い!」
「うわわー。マズいマズい」
身体をすくめたルーシーは、拭き終わった食器を持って小走りに店の中に戻っていく。
聞こえてくる弁明の声に失笑しつつ、$名はずり落ちてきた袖を捲り上げて皿洗いを再開させた。
「日記か……」
確かに、フリッツもニルスも、当たり障りのない内容の手紙しか送ってこない。$名を心配させないように、わざと自分達の状況を教えていないようにも思える。だから、彼らが今どこでどうしているのか$名は知らない。ルーシーが噂好きでなければ、二人が帝都でどのように暮らしているのかも知らずにいたはずだ。
「忙しいってことは分かるけど、帰って来たよ、の一言くらいくれてもいいのに」
ここ数ヶ月途絶えている手紙のことを思って、$名はため息をついた。
北のハイムリック王国との休戦が決まり、国境付近に集結していた帝国兵は段階的に帝都に帰還している。その戦に“金色の騎士”が参加していたという噂を聞いてはいたが、いまだ無事に戻ってきたかどうか分かっていない。
「私達は“家族”なのに」
どれだけ離れていても、どんなに会えなくても。この世界に自分の『家族』がいると思うだけで頑張れた。いつかは戻ってきてくれると、信じていた。
「それとも……もう家族じゃないのかな」
「家族だよ」
食器を掴んだまま、$名は動きを止めた。
声が聞こえた――ような気がした。けれど、すぐに頭を振って打ち消した。
フリッツは国境に。ニルスは帝都にいるはずなのだ。こんな田舎町にやってこれるはずがない。
事実、名が知られるようになってから、二人は一度もこの町に戻って来なかった。月に一度だった手紙も、最近は年に数える程度にまで減ってしまっている。
会いたいという気持ちが、幻聴を呼んだんだろう。そうに決まってる。
「$ニックネーム」
ぽんと肩に重みがかかる。
「はい、皿置いてくるりと反転! でもって顔を上げてニッコリ笑ってみ」
「え」
つるりと滑った皿が、水の張られた桶の中に沈んでいく。割れたかもしれないとか、手に泡がついたままだとか、普段なら気になることが頭の中から消えていく。
椅子代わりにしていた木箱から立ち上がって後ろを振り返ると、太陽を背にして長身の男が立っていた。灰色のローブで全身を覆っているが、見間違えるはずがない。
「……リッツ?」
「おう。久しぶりだな、$ニックネーム」
記憶にあるよりも、ずっと高いところに顔があった。見慣れていたはずの人懐こい笑顔はそのままで、少しだけ見慣れない顔に変わっている。
日に焼けた黒い肌と金色の髪は昔のままだったが、輪郭から丸みは消えていて、頬には刀傷の痕のようなものがある。声も少し低くなったし、笑顔の質も少しだけ違っている。“$名の兄”よりも、噂に聞いていた『金色の騎士』に似ている気がした。
「……よし! 再会を祝してぐるぐるだー」
「え、ええっ!」
宣言するなり、物思いに沈む$名を軽々と抱き上げる。
仰向けに抱え上げられた$名は縋るものを求めて手を伸ばした。必死になってフリッツの首にしがみつくと、耳元で「ウ・ソ」という声が聞こえた。ついでに、くくくっと楽しげな笑い声まで聞こえてくる。
「あー、ようやく会いに来れた! ごめんな、全然休みが取れなくてさ。ほら、やっと休戦したーと思ったら雨季の大雨でそこの街道が潰れたろ? 三日前まであれの修復に駆りだされてて、やっと終わったぜーってタイミングで無理矢理休みをぶん取ってきたんだよ。けどさー二年近く働きっぱなしだったのに、下りた許可はたったの半日だぞ? しかも見張りがくっついて来てんの。そこまで信用ないのかなー俺。ま、いいや。$ニックネームに会えたし、当分の気力を充電しよう」
ベラベラと喋り倒して、最後にぎゅっと$名を抱きしめる。コツンと頭同士がぶつかって、$名はようやく我に返った。
「お、おお下ろしてリ――」
「半年」
「え?」
「あと半年で、俺たちの居場所が手に入る。また三人で暮らせるようになるんだ」
「ほん、と?」
「もちろん!」
身体を離して、フリッツは不安そうに揺らぐ$名の目を覗きこんだ。
「やっと約束が果たせるな。ずいぶん長く待たせちまったけど……もう心配いらないから」
安心させるようにニッと笑い、壊れ物を扱うように丁寧に$名を地面に下ろす。離れていくフリッツの手を、$名が慌てて両手で捕まえた。
「本当に? 三人で暮らせるの?」
「うん」
「もう誰かに邪魔されない? 追い出されたりしない?」
「そんな奴、俺とニルスが全力で追い返すって」
騎士と魔術師に逆らう人間がいればの話だけどな、と付け足して、$名の黒髪を撫でる。
「やっと、笑ったな」
「……うん」
「帝都に戻ったら改めて連絡する」
「うん」
「これからは、手紙もできるだけ返すようにするからさ」
「え……」
「そこで、ルーシーに怒られた。$ニックネームに心配かけさせるな、って。ってことだから、これからは毎日書くからな!」
「毎日、は、いらないかも」
ふふっと笑い声を上げて、$名はこぼれた涙を指でぬぐった。
その日のうちにフリッツは帝都に戻り、翌日、久々にニルスからの手紙が届いた。
こちらを気遣う言葉が並んだ文章の最後。そこに書かれた一文に、$名は目を疑った。
目をこすって紙を揺すって、逆さにひっくり返してみたが、当然ながら書いてある文章は変わらない。
「冗談……? 書き間違い?」
首をひねりながら、$名は問題の一文を指でなぞった。
『次期ヘクトールの妻として君を迎え入れたい』